安西先生、バスケがしたいです 【怪我、病気で部活を離脱することについて】
今日はNetflixにて、スラムダンクで三井がバスケ部に帰ってくる回を見ていました。
怪我で部活から離れる三井の姿を見て、病気で部活を離れた私の学生時代とかぶったのでそのことについて書いていきたいと思います。
三井がバスケ部を離れた理由
三井は、中学時代に既に注目されており、地区大会ではMVPを取るほどの活躍をしていた。
そして、名門ではなかったが尊敬する安西先生率いる湘北高校に入学する。入学早々から、三井は中学時代と同様に活躍を期待されていた。
しかし、バスケ部に入部して間もなく、試合中に怪我をしてしまう。軽い怪我ではなかったが、インターハイが近づいていたことで三井は完治していないのに急いで復帰をした。
そこで、復帰して臨んだ練習中に再故障してしまい、結果インターハイは出場できなかった。
同じ1年生で、入部当初は自分の方が上だと思っていた赤木が自分に代わってインターハイに出場しているのを見て、挫折し、三井はバスケから離れてしまった。
怪我、病気からの復帰を焦る気持ち
「怪我から早く復帰したい」と焦る気持ちはよく分かる。学生時代は短いし、まだ15,6年しか生きていないから目先のことだけしか見えていない。
すぐ治る怪我ならば見通しがつくが、重度の怪我や病気ならば、暗闇を歩くようで、なかなか希望を持ち続けることができない。
私も病気になって部活からも塾からも離れた時に、塾の先生から「心が折れないようにね」と言われたが、先の見えない療養生活に心が折れてしまった。
でも、周りは復帰することを期待し、その声が苦しかったことや、ある先輩からは「ずる休み」と心ない言葉を囁かれたこともあった。
自分が一番病気になる前のコンディションに戻ることを望んでいる。
しかし、現実問題それが難しいことがあるということだ。
若い時の挫折経験
『若い時の苦労は買ってでもしろ』と言われる。
確かに30になった今なら「あの時の挫折はいい経験だった」と言えるが、あの時は地獄だった。
三井は不良になり、私は中3の時に半分引きこもった。
思い描く自分になれないことは分かっているが、故障や病気により成長を感じられないことがこの年代には苦しいだろう。
そんな時のセーフティーネットはどこにあるのだろうか。
私の思うセーフティーネット
最後に助けてくれるのはやっぱり友達かなと思う。
三井は一緒に悪さできる友達がいた。僕にも勉強しないで1日中モンハン一緒にやってくれる友達がいた。
友達がいなかったらどうなっていたんだろうか。考えると怖くなる。
何も持っていなくても等身大の自分を受け入れてくれる友達を持つことが、どんな能力を身につけるよりも大切なことなのだと改めて感じた。
また、スクールカウンセラーの必要性も感じる。相談できる人が学校にいるのは大切である。実際私は誰にも病気の大変さを吐き出せなくて苦しんだ。
誰だって、失敗する。
生徒が失敗することが前提で、学校が体制作りをしていくことが必要であろう。